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空の追憶の果て。 ―Wishes upon the sky―

自他共に認める永遠の146センチの創作・エンタメブログです。おもに小話や短編、その他創作などをのんびりと更新していくことになると思います。なお、小説類は転載・持ち帰り禁止です。

Hello, goodbye.【Recommend Short】



ご機嫌いかがですか?元気にしてますか?
   最近忙しくて、会えないけど…考えすぎてませんか。その、色々と。
   考えすぎは体によくないから、深呼吸して気抜きなよ、たまには。
          ―END―



「……はぁ、」
 ため息をついて、目を閉じる。カチ、と音を立てて閉まった携帯は、未だ文面の送り主の声を自分に届けるようだった。
 心の中では、いつでも会いたい、隣にいたい…そう思えるほど大切に思っている相手。
 けれど、最近は互いに忙しくて、会えるどころか連絡すら億劫になっていた。というか、身体的にも忙しかったけれど、精神的に結構切羽詰ってるのはどちらかといえば自分のほうで。考えるべきことがたくさんある。
 それに思いを馳せていけば、結局辿り着くのは自己嫌悪。そうしたら上手く現実もいかなくて、ますます嫌になって、負のスパイラルなのだ。

 わかってる、自分がダメなことくらい。でも焦ったって、もがいたって、「現実」は全然好転してくれたりしない。
いや、しない気がするだけかも、しれないが。

「……、」
 ふと歩みを止める。後ろを歩いていた若い男女が、少し迷惑そうな視線を投げかけて通り過ぎて行った。
 手の中に握ったままの携帯を見やる。…あのメールは、未返信のままだ。
 視線を外して辺りを見回せば、忙しなく周りの時間は動いていた。
      単調に、まるで誰も互いに興味などないと嘯くかのように。

――…だけど、なんて現実は…自分の現実は複雑で、どうしようもないことだらけなのだろう。自分が、何をしたというのか。

 生暖かい空気が頬を撫でていく。もう空は夕闇というより夜の闇といったほうがいい程群青色に染まっていて。
なぜか自分の周りの時間だけ、ゆっくりすぎるほどゆっくり回っているように思われた。

――…早く、早く進むといい。自分が求めるような日々に変わるといい。

 だけど、自分は何を求めている?一体、何をそんなに欲しがっている。
    ただ、多分…今日や、明日や、その先毎日を。
       自由自在に潤せる「ナニカ」が、見つかるといい。




 脳裏に浮かんだのは、やっぱり君の言葉だった。

『日々巡る時間の中でさ、ふとこうやって、空を見上げるんだ。
そうしたら、のんきすぎる程世界はゆっくり回ってて、自分の悩みとか全部なんてちっちゃいんだーって、思える。
両手に何でもありそうな気もしてくる。
…そうすると、なんか寂しくてでも綺麗で温かい歌を歌いたくなる。』

 微笑みながらそう言った君に、自分は尋ねた。

「誰のために、歌うの?」

 答えは、何だったか覚えていない。
 でも君が名を呼んでくれた時の温かさだけは、覚えている。


***


 面倒くさい、自分はそう言った気がする。
『なんで。大事だよ、着信履歴とか。あと、返事が来ないよ最近ー』
 こういうセリフは、いわゆる「束縛」に入るのか。ああ面倒だ、何もかも…こういうのも。
 大体このセリフを放った人物は自分をなんら縛る権利のない関係にある。
 人間関係とかいうのは、実に肩が凝るものだと思う。

 とある日にそんな話を君にしたら、君はこう言っていた。

『たまにありじゃないかな、そういうのも。変化球みたいで、面白いじゃん』
どんな時も、君のそういう空気は揺るがない。自分も、そんな空気を手にしたい、そんな思考を手にしたい、そう思った。
よくわからない、自分にはよくわからない。そこまでの気持ちを抱ける相手は、自分にとっては本当に稀で。
いた、のかもしれないし…いなかった、のかもしれない。
 ただ君のいったことを、いつか…自分も、言えたら。


『愛す側の人も愛される側の人も、頑なに愛し続ける人も、皆出逢いを誇れるといいね。
それで、明日へ笑顔で迎えるといい』
 ……自分は、今、一体どこへ向かってるんだ。
『どこへだって行けるよ、』


――もう少し、様々なものを愛せるようになったら、行けるのかもしれない。
  でも、これだけは。君の全ては、愛せる気が、する。


「……。」
  突然、懐かしくなって、受信メールからメール検索して君からのメールを開く。


           春も、夏も秋も冬も、いつもここにいるよ。
         大丈夫だよ、ずっといるよ。だから、力になれそうな時は言ってね。
          君のこと、ずっとずっと好きだよ。大切な君だもの。


「……っ、」
   何故だろう。はっきりとした理由もないのに、涙が込み上げて止められなかった。
   ぽつん、そんな音がして、瞳から涙が溢れた。
  やがてそれは夕立のようになって、降りかかって、終わりを知らなくなる。

  何も持ってない自分が、ありのままで出来ることはなんだろう。
   ありのままで、いいのか?


 『君のこと、ずっとずっと好きだよ。大切な君だもの』


 その文面には、続きがある。


 P.S.ありのままで。ありのままの君が好き。



「…。……返信、するか」




         ご機嫌いかがですか?元気にしてますか?
       最近忙しいけど、会いに行くよ。会いに行くから。
       今日の世界は、何だかすごく君に逢いたくさせる。
         誰のために歌うんだろう。まだわからない。
        けど、全てが始まる気がするんだ。……いつか、多分。
       こんにちはもさよならも、君には毎日言いたい。




    P.S.君のこと、大切だよ、同じように。

             ―END―





――君の声が、呼んでる。優しさと情愛に溢れた、あの声が。




dedicated to N.I. and Y.H. with love.
Inspirated by: Hello, goodbye/M.A.

2014.1.2 first updated
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ブルー・ランナウェイ
Blue Runaway

白い静けさが早朝の街を包んでいた。
元旦でがらんどうのコインパーキングに車を停め、ふと空気を深く吸い込む。冷たさが喉の奥と伸ばした躰に沁み込み、パキリとでも音を立てそうだった。
視界に入る街はどこかいつもより色褪せていて儚く見えた。
まるで世界がこの時間だけ動きを止めてしまったかのように物音ひとつせず、生活音も聞こえない。
世界にひとり、取り残されたような気分になる。昔、某青い猫型ロボットのアニメで、ダメダメな主人公がとある道具を乱用してひとりぼっちになってしまった話を思いだした。

 コインパーキングを出て、人っ子ひとりいない眠る街へと足を向ける。
街の端々に居酒屋のごみ袋やビールの瓶なんかがあって、先刻までここが賑やかであったことを示していた。
それもそうだろう、昨日は1年という大きな区切りの最後だったのだ。
散乱したその雑多な光景と相反するように空気は澄んでいて、それら全てを昨日で清算したあとの清廉さのようにも思えた。
実際には世界は昨日と同じように巡るだけなのに。
不思議だ、新しい1年になるというただそれだけで、全てが許された気になるなんて。

『この世界は狭すぎるんだ。早く大きな世界に出たい』
 そう言って出てきたあの街に想いを馳せる。
馴染み深く、自分という人間がつくられた最初の場所。
好きで、嫌いで、憎らしくて、なのに愛おしくもある懐かしい小さな世界。
 いつも遊んでいた遊具のさびれた公園。誰かが忘れたスコップのささった砂場。アスファルトのうえに古城みたいにそびえていたマンション。クリーム色にやにが混ざったみたいなアパートの団地で声をあげ走る子供たち。
通学路だった、騒がしい昔ながらの商店街。
 あれはいつだったか、地元の友人と電話をしたときに彼が言っていた。頑固なおじさんがいたたばこ屋の隣、いつみても工事予定になっていた空地がついにコンビニになったと。
派手さはなくとも温かみがあった駅前もすっかり変わったという。
 街は変わっていく。自分はどうだろうか。
 がらんどうの今の光景が、普段胸の奥に隠している空虚感を不意に突いてくる。セピア色の思い出とともに封じていた想いがこぽりと溢れそうに疼き始める。

 夕闇が街を覆うころ、街灯のない空地は格好の待ち合わせ場所だった。公園も、マンションや団地がある通りも、商店街も。
 どの風景を思いだしても、そこには必ずあの娘(こ)の想い出が付随している。
 あれから僕は変われたのだろうか。街が、世界が変わっていくように。

 たん、たん、と自分のスニーカーがたてる軽い音だけがアスファルト上に響く。
誰もいない世界もやはりゆっくりと時間は進んでいて、道端にちらほらと烏がやってきてはひとが残した騒ぎの残骸をついばんで朝食にしている。彼らしかいない中で唯一異なる人間のこちらのほうをときおり興味深そうに見ては、通り過ぎるだけの存在に興味をなくし目の前のごちそうへと意識を戻す。その行動は大して人間と変わらないような気がして、同時にこの街のそんな人となりに随分となれてしまった自分と重なった。
 そうやって生きて、夢を追って、闘って。ときに理不尽さに歯をくいしばる思いもして。
 なんとか形になってきたと振り返る余裕ができた今、客観的に自分をみてふと疑問を抱くこともある。
果たしてこの生き方であっているのだろうかと。
そのたびに間違ってなどいない、自分は大切なモノをひとつ選んで真っ直ぐ生きてきた、嘘はついていない、そう言い聞かせて。
 置いてきたものすべてに、捨ててきたものすべてに後悔はしていない。今と言う未来を得るためには捨てなきゃいけないものだってあったんだ。

 だけど、本当に?
 そう思ってしまう自分を、変わらぬ想いで取り残されている自分を、否定しきれずいつまでも胸の奥に燻らせて。
 セピア色の世界は、もしかしたら夢より大事なモノだったのだろうか。
 そう想うたび、泣き出しそうな柔く弱い自分も確かにいるのだ。
 願っていた未来に近づいているはずのいまと、何かを永遠に失ったと叫び続ける過去と、蒼写真を握りしめ進むしかない未来と。すべてが交錯して、がんじがらめになって。

 通りを抜けて、ちょうど大通りに出る曲がり角に辿りつく。
築年数のたっていそうな、シンプルな白いビルが視界に入ってくる。テナントが入っているかもわからないそのビルの、玄関ではなく横にある螺旋階段へ向かった。
屋上まで続くそれに足をかけ、踏面に踏み込めばカン、と鉄骨で出来たそれは小気味いい音をたてる。
階段を単調なリズムで上がりながら、自然と唇は歌を口ずさんでいた。
 ジャケットのポケットに突っ込んだ手でタバコの箱をもてあそびながら、脳裏に浮かぶのはあの街にいたころ彼女が好きだったメロディーだった。ギターひとつで歌えるような、いまごろの流行しているポップスとは少し違う静かで淡々とした切ない曲調の歌。
 
―『願ってた未来 いま…』

 三が日が終わったら、初めて掴んだチャンスの舞台が始まる。
 あの頃願っていた、いまも追っている未来。確かに近づいたはずの自分。
 近づいたはずなのに。見える景色は輝かしい、はずなのに。

相変わらずの静けさに、落とされた音符のように響く鉄骨の音と自分の口ずさむ歌声は強弱がありながらも吐く息とともに空へと上昇していく。
階段を昇っていくたび、鱗みたいに幾重にも重なっていた強がりが解けていった。

カン。
 吹っ切るように鳴らした音を最後に、屋上へ出る。さすがに階段で屋上まであがると疲れるものであがった息に肩を上下させ、しばし呼吸を整えた。冬の早朝ながら、火照った体に冷たい風が涼しく感じられた。
 伸ばしている前髪が風であおられ、視界が黒く遮られる。かきあげて開けた視界の白い靄がかる街並みに惹かれるようにしてフェンスのほうへ一歩踏み出す。遠くまで見渡せる景観はあの街まで見通せそうで、彼女もこの景色のどこかにいるのだろうかなんて考えた。
 届くだろうか。いまここで君へ約束の歌を唄ったなら。

―『温もりも泣き顔も記念日も…』

 いまの君に、そしてあの日の君に。

『キミだけが―……』

 僕は元気でなんとかやってるよ。いまも、あの頃語った夢を追ってる。
 なあ、やっとチャンスが巡ってきたんだ。もうすぐ太陽がてっぺんに上るよ。
 いままで照れくさくて言えなかったけど。
 君といて、離れてわかったことがある。
 悲しみも温もりも、愛しさも強い想いも。
 悔しさも嬉しさも感動も、夢だって記念日だって全部。
 ぜんぶ、僕自身になっていくってこと。
そんなあたりまえの事だけど、とても大切なこと。
いまはそう思うから…僕はこの世界で今年も生きるよ。

「…3、2、1、」
 明けましておめでとう。
これまでの君にありがとう。これからの君に、よい1年を。

 呟いた言葉が白い吐息となり新しい空気に溶け込むまで、僕は歌を口ずさみながら静けさに佇んでいた。




”    ”だけが足りない世界で、それでも僕は生きてる。

Inspired by: myself/∞
linked with: Blue Runaway(ブルーランナウェイ) written by Sora as Seina Aomi
Edited on Dec. 11 2015.


*****
【ご挨拶】
今年最後の更新およびお話です。
思えばこれのもととなる詩を書いたのは昨年ごろでした。
そのころは白い箱の中にいた蒼海ですが、今年はおかげさまで白い箱の外にとどまることができ、お話を考える時間も設けられました。これもひとえにみなさんのおかげです。
改めまして、まずは今年1年ありがとうございました。
空追。でもたくさんのことが起こった1年でした。
小説トーナメントで優勝させていただいたり、数年前は夢にも思っていなかった10000アクセスを突破したり、お話で小さなご褒美をいただいたり、新しいお話語りの方々とお知り合いになることができたり。
蒼海の未来はまだ不確定ですが、それはどんな方だってそうなのだと思います。
けれど見えない靄の中で、遠く見晴らせる景色を望んで一歩一歩生きているひとがいる。そのことが、当たり前のようであたりまでないそのことを強く感じられた1年でした。
私たちは今日も当たり前のような毎日を奇跡的に過ごして、何かを得るために失って、それでも生きています。
ときには過去が惜しくなることもある。未来がわからないこともある。立ち止まりたくなる、放棄したくなるときもある。

けれどそんな世界だからこそ、もう一歩踏み出してみようと思えるきっかけがあること。背中に手をそえてくれるひとがいること。ただそれだけの小さなことをかみしめて大事にできる自分でいたい。

蒼海にとっては空追。はそんな自分でいられる場所のひとつです。

来年も空追。に来てくださったみなさんに、そしてまだ見ぬひとびとに、素敵な1年が訪れますよう。
今年は大変お世話になりました。来年もなにとぞお願い申し上げます。

12月31日
蒼海聖奈
(2015.0101 再掲)
(2020.0209 再掲)
【Rewrite:雨粒の先】


 孝治が彼女を初めて見たのは、雨が降りしきる夜だった。
「うわ、これは確実に濡れるな」
思わずそう零すほど、雨が降っていた。どうやら、明日台風が東京近辺に最接近するらしい。
嵩張るのも面倒だったが、濡れるのもごめんだと鞄にいれておいた折り畳み傘が役に立った。少々小ぶりの傘だが、差さないよりはましだろう。考治は濃紺の傘を取り出しながら、タクシーでも拾う経済的余裕があればいいのに、と考えた。
今の職場や給与に不満を持っているわけではない。ただパソコン関連に凝っている考治は収入のほとんどをそれらに浪費してしまうので、いつになっても財布に余裕がないのだ。革靴の手入れも面倒だ、晩飯はどうしよう、などと思案しながら、屋根の下から足を踏み出せないまま、考治は雨で霞む駅前の風景を眺めていた。
 その時、何気なく視線を向けた先に小柄な女性がこちらに歩いてきていることに気が付いた。
彼女は考治の傘よりも小さく白いパラソルのような傘を差していた。夜更けの薄暗い風景に彼女の姿は一際浮き上がって見えた。何より、考治の目を惹いたのはグラデーションのかかった彼女の桃色のロングスカートだった。雨粒をさらさらと流して揺れるその様が、人魚のようだと思ったのだ。悲しみに沈んだような憂いの眼差しを瞳に携えた彼女は、強くなる雨脚に今にもかき消されてしまいそうな雰囲気を纏っていた。
考治が彼女から目が離せずにいると、風向きが変わり、雨が考治の前方から降りかかってきた。考治は雨を避けようと傘を開き、傾けた。傘は考治の視界を斜めに切り取り、彼女は視界から消えた。
しばらくして、考治の視界の端に桃色が映った。傘を上げて視線を戻すと、丁度駅に入ってくる彼女が何気なく寄越した視線と、考治の視線が重なった。彼女の濡れた漆黒の瞳がきらりと鈍く光って考治を捉えると、彼女はゆっくりと一つ瞬きをした。しかし、すぐに何事もなかったかのように逸らされてしまったので、彼女の顔は見えなくなってしまった。
彼女を速やかに畳むと、瞬く間に駅に消えていった。それはほんの数秒間の出来事だったが、終電間際の駅の煩いほど白い空間に吸い込まれていった、しっとりと濡れた桃色の尾びれの残像が考治の脳内には不思議と残り、その後、考治は何度か彼女の夢を見た。だが、その日以降、駅で彼女を見ることはなかった。
 半年以上経って夢を見なくなった頃、終電で帰った夜に考治は反対側のプラットホームに桃色の人魚を見かけた。
桃色の尾びれは緑色の線をあしらった電車から現れた。ただし、上等なスーツの王子さまを伴って。
 その時になって考治は悟った。
雨粒の先に見た桃色の人魚は、考治の淡々と過ぎ行く平凡な日々を確かに色づけてくれていたのだと。
                   了


【近況】2019.4.30
平成という一時代が終わりますね。
ここには上げておりませんが、もっとうまく表現できるよう、今なお蒼海はこっそり創作しております。
平成の終わりになって失ったものがたくさんありました。
果たして少しでもあの時、あの瞬間の呑み込んだ涙が、空を晴らす日がくればいいなと願ってやみません。
蒼海の空の彼方にいる、いつまでも輝く彼らと笑い合えるその日を願っています。
令和もどうぞよろしくお願いいたします。

  鳴りはじめの旋律


 僕はひどく臆病な人間なのだ。
 どこがと訊かれてもうまくは説明できない。たとえばそれは、こどもがお母さんに「虹の向こうにはなにがあるの」とたずねるような、それくらい曖昧な感覚だ。
 ただ、ふとした瞬間にそんな自分を強く意識して自己嫌悪するときがある。

 その日は文化祭だった。
 元々自由な校風の僕の学校は一年で一番といってもいいほど音や色にあふれていて、空はそれに呼応するかのように雲ひとつない青さだった。
軽食や焼きものを売っている屋台、展示物、そしてスペース中央に設置された舞台。
 そのどれもがひどく輝いていて、笑顔にあふれたそれらからはまさに青春と希望がありふれていて。これこそが高校生の醍醐味です、そんな雰囲気に満ちている。
 いつもは気にしないようにしている様々な事に、この日ばかりはどうにも耐えられなくなってしまう。それから逃げるように僕は毎年それらの喧騒から遠ざかる。
 誰かが大声で呼び込みをしているのを背にして今年も校内の廊下を進む。
足は自然と音楽室へ向かっていた。

 音楽室は校舎の一番南側にある。
他の学校よりもカリキュラムが少し特殊なこの学校では普段あんまり音楽の授業をすることがないせいか、大半は奏楽部が使うのみの部屋だ。
少し変わった構造のその部屋の奥にはもうひとつ小部屋があって、そこは楽器や楽譜立ての倉庫となっている。せまくるしいその別室は、軽音部の部室となっていた。
 僕は部外者だからよくは知らないけれど、そんなに近くに部室が隣接しているとなると部活動の際に支障がでるだろうことは間違いないだろう。噂にきいた話だと、軽音部の部員は例年少ないため(5人を満たしたことがないそうだ)、肩身をよせるようにしてその部室を確保し週2、3日の部活動をしているらしい。
いくら部員数が少なくとも軽音部が「部」としてなりたっているのは、ひとえにうちの学校のオトナの都合というものらしかった。
そんなものだから、その部屋は日頃からセキュリティが緩い場所のひとつだ。
うちはいわゆる不良が少ない学校なので、そこで誰かが煙草をくゆらせているなんてこともない。
代わりに、たとえ部員以外の誰かが出入りしていたとしても気づかれない。というより、誰も気にしないのである。過去に悪戯事件が起きたという事例もない。
 だから僕が年に何回かそこで時間を過ごすことがあっても誰も知る由はない。
 音楽の授業は少ないくせにうちの文化祭で占める音楽系のステージはやたら長く、また文化祭期間は部室以外の教室に控室が設けられていることもあって、この期間は特にこの別室はひとが近寄らなくなる。

 軽音部の部室とは、喧騒から少しでも離れていたい僕が高校1年の文化祭でみつけた格好の避難場所なのである。

 最近は活動が鈍っているのか部員がいちだんと減ったのか、久しぶりに踏み入れた別室は一段と埃っぽくなっていた。
 部屋の隅には使わなくなった壊れかけの楽譜立てが乱雑に置かれていて、かろうじて人が座れるパイプ椅子がいくつか壁に立てかかっていた。かつてはきちんと張られていたのであろうシートは破けてしまい、黄色いスポンジが飛び出ている。骨組みが歪んだ鉄製の本棚がもう片方の隅に所在なさげにあり、そこには誰かが遠い昔においていったのだろう楽譜が数枚置かれていた。
ドアから向かって左手にある窓から射す陽ざしが部室を照らしていた。その光の筋にそうようにして、どこかのアニメの映画にでもでてくるように埃が舞っている。

 これは不思議な感覚なのだが、古ぼけたこの部室に足を踏み入れるたび、心の奥でなにかが疼く。それはまるでほのかに滲む歓びのような、けれど後ろめたくもある感情だった。
 とてつもなくここから逃げ出したくなるのに、同時にずっとここにいたくなるような。

 しばらくドア付近につったって部室を見渡していると、本棚と部屋角の間のわずかな隙間、立てかけてあるアコースティックギターが目に入った。
楽器を置いておくには不自然とも思える場所だったうえにケースにも入っていないので、以前もあったか思い返そうとしたのだが記憶のどの引き出しにもそのギターはなかった。この数か月の間に軽音部の誰かが置いていったのだろうか。
 誰かの持ち物にしては年季の入っているそれはがらんどうの部室の中でやけに存在感を放っていて、それに引き寄せられるように部屋の中へと歩を進めた。
 楽器には詳しくないので、ヴィンテージのギターなのかはわかり得ないが、それが新品でないことは間違いなかった。けれどそのギターが放っている言葉にできない雰囲気に、僕はおのずと触りたいという衝動に駆られた。
 近づいて恐る恐るギターの首を持ってみる。想像していたより軽く感じ、それがなおさら容易に壊してしまいそうに思えて僕の手つきは慎重になった。
 生まれてこの方ギターを弾いたことはなかった。
たまにテレビで見る歌手の姿を思い出しながらそれっぽく抱え、指を弦の上に置いてみる。そもそも指の構え方もわからなかったが、こんな感じだったかなと記憶を頼りに弦を抑えてそっと力を込めた。
 固い弦がやわらかい指の皮膚に食い込む。そっとその抑圧を手放す。反発した弦が震え、ジャン、と音が零れた。
 それはテレビで見る歌手のそれより断然拙かったけれど、誰もいない空間によく響いた。

「なーにやってんの」
 からかうような、けれど好奇心を含んだ、どこか遊んだ声がとつぜん聞こえた。
 動揺してギターを取り落しそうになって、僕はあわててギターの首を抑える。さきほど単一音を弾いていた弦はべん、という情けない音を吐き出した。
「あー、いいよいいよ、それ好きに使っちゃって。誰も使ってないから」
 ろくに音も調節してないし。軽い調子でそう言い、そいつはからからと笑った。
ふわりとした明るめの茶色い髪に、人好きそうな笑顔。いかにも軽音部にいそうな、でもバンドマンというよりは柔らかい印象の文系タイプだった。
「キミ、たまにここに来てるよね」
 ふふん、という言葉が似合いそうなそのセリフに僕はふたたび動揺した。
「えっ」
「ふふん。俺知ってるよ?誰にもみられてないと思ってた?」
 毎年、文化祭にあらわれる軽音部おばけ!なんつってね。
 今ほんとに「ふふん」って言ったな、とか、おばけってさすがに失礼じゃないかとか、つっこみたいところは多々あったけれど。
 誰かに、しかもよりによって部員に、この密かな空間を見られていただなんて。
 ――穴でも掘って入りたい気分だ。
 僕は猛烈な羞恥心に襲われ、顔にかっと血が集まる感覚に襲われた。
「あ、ねえ」
 恥ずかしくて、ギターを抱えて俯いていると、彼はまた話しかけてきた。さっきの揶揄するトーンとは違う響きに、視線だけで彼のほうを見上げる。彼は、ふわっとさせた前髪から円い瞳を瞬かせて、声色とは反対に、に、と笑っていた。
「あのさ、キミ、軽音部入らない?」

※※※

「え?」
「さっきから“え”しか言ってないね」
「いや、だって」
 あまりにも急ばかりの展開に彼の顔を見つめたまま呆然とする。窓から差し込む西日が反射して亜麻色にみえるその瞳にバカみたいな表情をした僕がうつっていた。
 彼はそんな反応を気にもせず、手を後ろで組むと言葉を続けた。
「うちいまギター俺しかいないんだよねえ。しかも男子、俺しかいないの。」
 その言葉に、思わず僕は制止をいれる。
「ちょっと待って。それって…僕にギターをやれってこと?」
「そうだけど。」
 彼は何言ってんの?と不思議そうに僕を見た。不思議なのは僕の方だ。この人は僕の何を見ていたんだろう。
「あの…さっきのギター、聞いてた?」
「ん?うん」
 彼は少し首をかしげると、陽ざしで煌めく瞳を数回瞬かせて、その瞳を柔く細めた。彼の背後からさす夕陽が眩しく、僕は目を眇めるようにして彼を見上げていた。その柔和な表情にどきりとしながら、僕は尋ねた。
「聞いてたなら、僕がギター弾けないの…わかるよね?」
「うん、あんまり上手くなかったね。ていうか、初心者以下だったね」
「う…」
 淡々とした声で返されるとそれはそれで傷つく。それでも負けずに更に問いかけた。
「じゃ、じゃあどうして」
「うーん」
 ギターと戸惑いを抱えじっと見上げる僕の疑問に、彼は唸ったきり喋らなくなった。
僕と彼との間に静寂が訪れる。オレンジの陽ざしで浮き彫りになったほこりっぽい空気だけが動いていた。
 数舜のあと、彼は真面目な顔つきになると、やけに確信に満ちた眼差しで断言した。

「音を聞いたとき、思ったんだよね。俺と一緒に、俺がやりたい音楽やれんのはコイツしかいないって」



心の底で、ピアノの駆け上がるような旋律が聞こえた。
それは僕らの青すぎる春の、始まりを告げる音だった。




2017.4.2  updated.





*****
【あとがき】

間に合わなかった…!こんばんは、蒼海です。
3月中にあげると言っていた例の短編です。短編…?なのかしらこの長さ。でも、中編ではない。
これは結構前から温めていた(書きかけだった)お話です。
文化祭…というか、青春ぽい爽やかな風が吹いている雰囲気のものを書きたかったのかと。
学校によって文化祭の時期は多少異なると思いますし、ましてや高校って確か秋…だったような。
おそらく秋に書き始めたんですが、春…っぽくもあるしいいよね!ということで。

この話に関しては最後から2番目の一文が真っ先にでてきました。
それから、こっそり部室にしのびこむ男の子と、ふわふわ飄々とした態度の男の子のシーン。
暖色に染まった夕方の部室とギターのへたくそな音。

まだまだこういう、脳内に流れるドラマみたいな情景を書ききる体力がなく埋もれるお話達がたくさんあります。
こういう情景に求めているものはなんでしょうね。いくつになってもこういう歳や始まりのお話、書けたらいいです。

ちなみに蒼海の記憶にある部室は基本、窓がありませんでした。窓欲しかったな(笑)

春、というには少し寒い日が続きますがみなさん心身を大切に。
素敵な新しい始まりを切に願っています。

たったひと箱の柔らかさ


幼いころ、精神的に不安定だった母に包丁を向けられたことがある。
あんまりうるさくすると刺すからな、と。

それ以来、広はどうにもナイフの類を見るとそれが思い出されて怖くなる。触るどころか視界に入れるのも怖い。
これはもう恐怖症の域だと思う。
そんなわけで、広はこの歳になってろくに料理をしたことがない。


「秦野さんって、いつもコンビニ弁当なんですか?」
 とある日の昼食時、ななめ向かいのデスクにいる後輩の永瀬が尋ねてきた。広の手元にはいつも通り近くのコンビニで買った弁当が鎮座している。
手元の唐揚げ弁当を一瞥してから、広は箸をとめて彼女を見た。
「そうだけど。なんで?」
「あ、えっと…この間、酒井さんに話してるの聞いちゃったんです。しばらく家庭的な料理は食べてないって」
慌てたようにそう言った彼女のデスクには、小箱につめられたいかにも手作りの弁当が綺麗に配置されている。少し申し訳なさそうな表情を浮かべた彼女は、素朴な装いと控えめな言動が印象に残る女性だった。
「ああ…うん、まあ。基本的には、外食かコンビニ飯かな」
さすがに、この十数年手料理なんぞ口にしていないとは言えず、適当な答えで濁した。
「そうなんですか…」
いつも健康に悪そうー、とか彼女いないのかよ、といった反応が返ってくるので、落ち込んだように返してきた彼女に広は思わず尋ねていた。
「え、なに、同情してくれたとか?」
言ってから、あ、少し意地悪な言い方になったなと反省した。
やっかんだわけではない。いかんせんこの年齢になると興味本位に事情を探ってくる人がいるからだ。特に、女性は。
確かに今はいないが、広の場合付き合うと遅かれ早かれ「家で手作り料理」という段階が待っていてそこで破たんするのだ。
そこさえなければ広自身に著しい問題があるわけではない…と、広自身は思っている。
 しかし永瀬はどちらとも答えず、少し視線を下げると「何でもないんです、すいません」とだけ答えた。

 その次の日。広は再び永瀬に声をかけられた。
「あの、秦野さん」
ちょうど会社前のコンビニに昼食を買いに行こうとしていた広は振り返った。
彼女がこそっとあたりを見回して人がいないことを確認すると広を手招きする。
「何?」
「あの、これ」
小さな声で、永瀬は広に紙袋を掲げてみせた。
「私、料理が趣味でストレス発散もかねてひとりで食べきれない量作り過ぎちゃうこと多くて。それで、よかったら」
「…くれるの、」
「お口に合わないかもしれませんが。…ほんとうにご迷惑でなかったら」
中をのぞくと、しゃれすぎないナプキンとプラスチックの小箱にいくつかおかずが詰められていた。
彼女のより少し大きめのそれと、少し頬を染めながら眉を下げた彼女。
久しぶりの温もりがこもった小箱に、気づけば広は自然と手を伸ばしていた。

 それから不思議な弁当配給は続いた。
それ以上何があるわけでもなく、永瀬とは連絡先すら交換していない。
彼女のお弁当はいつだって温かく、そしてどこか安心できる”丸さ”があった。
何より、その手料理はつくられる過程そのものをみなくて済む。
 申し訳なさそうに渡してくる彼女の意図はわからなかったが、彼女も広も何も言わずにその交流を続けた。
 彼女はいつも、広が受け取ると元々困っている眉を下げ「ありがとうございます」と微笑んだ。


 その晩。自宅の、殺風景で何もないキッチンを見ながら、広はふと考えた。
あの困ったように笑って温もりをくれる永瀬の料理を、一度家で食べられたら。
見ているのは難しくとも、―――あれができるまでの音なら、聴けるかもしれない。いや、聴いてみたい。


今度会った、そのときには連絡先を聞いてみよう。
そう、広は思った。


※※※※


Written 10.30 2016



*独り言は追記に足しました。リンクからどうぞ!
after notes added!!