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空の追憶の果て。 ―Wishes upon the sky―

自他共に認める永遠の146センチの創作・エンタメブログです。おもに小話や短編、その他創作などをのんびりと更新していくことになると思います。なお、小説類は転載・持ち帰り禁止です。

 第10話

例えば、学生にとっての井戸端がサークルの部室なら、会社員にとっての井戸端は概ね休憩室か社食、急騰室だ。
後者は女性が使用する相場になっている。話の対象は、主に中年期中間管理職の上司。前者も、大概は女性主導。男性がそういう会議をするのは大抵仕事後か、昼休みの外食先だ。
男性と女性というのは、こうして噂話ひとつするのにも全く違う。


「私さ、この間見ちゃった」
昼休み、後輩のいない休憩室で同じ部署の先輩である花村さんが潜めるようにして口を開いた。
秘密めいた声量ながら、彼女の声色は弾んでいる。大体こういうときの彼女が何を話すかは察しがつく。
「書類渡しにいくのに途中簡易休憩所あるでしょ?そこの自販機の前で、本田くんと沢見さんが親しげに雑誌覗き混んで話してて。お互い初々しいっていうか微笑ましかったわぁ!私最近あんな恋できてないなー」
そう口を尖らせる彼女は、もうそのかわいこキャラが使える年齢ではない。
「え、あの二人結局付き合ってる感じなの?」
先日、沢見さんと彼の話を持ち込んできた葉山さんが興味津々に参加する。花村さんほどではないが、彼女もまたこうした噂話はつかず離れず好む人だ。
「付き合ってるんじゃない?なんかもうデート先の話?してるみたいだったわよぉ」
「へぇー周りも押せ押せだったしやっぱりかぁー。可愛い組み合わせよね、二人ともまだまだ純粋っていうか」
「ね。嫉妬するよりほほえましくなっちゃう。年かなぁ」
「当たり前じゃない、私らもうとっくにお局の歳よ」
「やだぁ!胡散臭く思われてるパターン?身を粉にしておっさんのセクハラに耐え続けて、同期の男には雑用おしつけられて。あげくのはてには後輩にうざがられるとかやってらんないわぁ」
「この年で独身してればそんなもんよ大抵。それより、花村そろそろそのキャラ無理があるわよ、若いときは男子にウケてたみたいだけど」
ばっさばっさと切り返し、花村さんの加速していくかわいこキャラをさっくり指摘した先輩に私は内心拍手を送った。
「ま、でもさ」
クールな表情を崩さずに、ほどよく馴染んだ紅の唇へ自作のだし巻き卵を持っていき先輩は続けた。
「確かに自分たちにはもう出来ない恋愛かなって思うわよね」

初々しいって、本当に初めてづくしだったりするからそう見えるものなのよね。
そう言った先輩は大人の女の顔をしていた。間違いなく、経験をしてきた女性の顔。
まだ、私には同じ発言ができない。そんな顔が平然とできるほど大人でもなければ、かといってあの早朝の彼らのような無邪気さもない。

何か大切な段階を、モラトリアムという許された猶予と殻の中に忘れてきてしまっている。
それは経験だろうか、それとも知識?
私が沢見さんの立場にいても、彼女たちに「初々しい」ように見えるのだろうか。

ふと手元にあるコンビニ弁当の形ばかり綺麗すぎる卵焼きに伸ばしかけていた箸を止め、私は素知らぬ顔をして傍のにんじんをつついた。本当の意味で温もりのある卵焼きになんて、興味がありませんと言わんばかりに。

*

先輩に話が回っているのなら、彼等の同期―つまり私にとっては後輩―はなおさらだ。
そもそも沢見さんと本田君は部署こそ違えど同期なわけで。うちの会社は部署同士のオフィスが近いから同期同士で仲がよい。
ということは、話が回るのが早いということで、周囲の野次からのおせっかいが多いということでもある。


「高原先輩、書類できたんですけど見てもらえますか」
「ああ、うん」
とある日、後輩の村木が書類確認に来た際のことだ。
「…あの、先輩」
手渡された書類を受け取り確認していると、遠慮がちに声を潜め村木が話しかけてきた。
「んー?」
「僕、前に先輩が本田とカフェにいるの見たんですけど」
突然の告白に、手が止まる。冷静になんでもないように作業を再開するには、不自然なくらいの間をつくってしまった。
この間までこういう時の演技は自分で呆れる程出来ていたのに、どういうわけか最近ほころびが出始めた。いや、正確には…「彼」関連のことが多くなってから、だ。上司への横恋慕の時には微塵も思わなかったが、どうやら私は自分が絡む恋愛関連だと演技ができないらしい。恋愛器用なわけでもないので当たり前かもしれないが。
「それで?」
せめて声色だけはと全神経を振り絞り平然を装う。
最も何がとりたてて後ろめたいわけではないけれど、誰にもあかしていないはずの心情がもし露呈していたらと一気に不安が沸き起こった。
「いや…それで、あの」
歯切れ悪そうにする村木はしばし躊躇すると、更に声を潜め前かがみになって内緒話の体で問いかけてきた。
「先輩って、まさか本田狙ってたりしませんよね?」
その言葉にすぐには反応せず、視線だけで村木の表情を伺う。心配というか、不安というか。肯定されたらどうしよう、そんな心情がわかりやすく見える顔をしていた。
察すると同時に私は冷静にある事実に感嘆していた。

―そうか。そうよね、彼等からみたら当然だけど私が「狙う」のが当たり前なんだよね。

彼等の念頭にはまさか彼、本田君が「私を狙っている」形(告白紛いをされたという点で)だとは露にも思っていないのだろう。
彼の同期からしてみればまだ新人の彼と私が親しいということは、そういう風な体に繋がるのだ。対男性での「パワハラ」だの「セクハラ」だのも着目され始めている昨今である。それでもすでに付き合っているといった言葉が出ないあたり、彼らから見ても私と本田君はまだ微妙な距離感なんだろう。

そんなことを考えている間に村木は黙っている私が怒ったと勘違いしたのか、フォローにもならない言い訳を始めた。
「いや、たまに同期で飲みいったり、先輩方とご一緒するときも本田やたら先輩に懐いているみたいですし。結構一緒にいるところ見るって周りも言ってて…だけどあいつには沢見がいるだろう、それはないだろうって他の奴らは言ってたんですけど」
あまりに焦っているのか何気にデリカシーのないことを連発、しかも言っていいのか?という後輩の井戸端会議内容まで教えてくれている。こちらとしてはああそんな反応なんだ、と客観的に新鮮な心持で聞いていた。
 ただひとつ、気になるとしたら。
「本田くんと沢見さんって、もうそういう関係なの」
やっと視線を合わせ彼を見上げると、一瞬面食らった村木は即答で返してきた。
「いえまだです、俺らの中ではもうあいつら時間の問題だって話になってますけど…」
なんせ似合いの二人ですし、わりともう外から見ててわかるくらいの雰囲気ですし。
「あいつら、隠すの苦手っていうか無頓着っていうか。傍から見てるとあれ絶対そう、みたいな」

それを聞いて、私は即座に答えを提示する。きっと、彼が求めている答え。


「本田君とは何もないよ。たまに仕事のこととか、彼の相談に乗るだけで」


そもそも、彼は曖昧なリにも心情を示してきているけれど、私が受け入れの姿勢を示したことはない。
偽善と強がりばかりに隠れて、本当の姫はあちらだから、ハッピーエンドはあちらだからと誘導に近いことをしてきている。
ひとつもこの言葉に嘘はない。私は彼の「相談役」である。いくら、「気になって」くれているんだとしても。
そして彼が察していようがいるまいが、もう私の彼への芽は私自身の問題なのだ。

あの夜に聞いたあの言葉が、未だに冷静の氷となって胸の奥に鎮座していた。
聖母になるか、オトナになるか、それとも入水自殺を実行するか。

とんでもなく独り善がりな状況にあるとわかっていても、私はもう自分を止められなかった。
矛盾と残酷な真実だけが靄となってあたりを包む。いざ入るべき水中を見失うことが、恐かった。それは私の逃げ道で、深くなる靄から解き放たれる唯一の選択肢だと思っていたから。



周りの望む未来が私の幸せだなんて、本当はキレイゴトでしかない。
――10個目の嘘


Cont. to 11 lies

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【雑記】

どうも蒼海です。
最近どうにも本棚がいっぱいになってきまして整理せねば…と考えながら本に関してだけは容易に手放すことができない私です。
なんかの本で読んだのですが、「本棚は自分の頭の中」という概論を読み「なるほど確かに」と考えてみると、
いやはや自分の頭の中常にキャパオーバー。というか、ぎゅうぎゅう詰というか。
手元に置いておきたい世界が多すぎて…欲張りなんですね要するに。
だって本が好きなんだもの。全てはそれに尽きる。

いつかジブリにでてくるみたいな壁一面本棚みたいなのをするのが夢です。
洋書から辞典から資料からとにかく好きな本棚セレクションをつくりたい。体力さえあったならDIYするのに。←
今せめての苦肉の策で必死に雑誌をスクラップにして収納しようとしています。

見たい映画がたくさんありますが諸事情で映画館に出向けないので真剣にTSUTAYAオンラインを検討し始めています(いまさら
今のところ注目してるのは、
・LIFE!(日本語吹き替えも原語版も見たい)
・アナと雪の女王(知人がテーマが日本人には云々とか言っていたのが気になっている)
・チームバチスタFINAL
・神さまのカルテ2(個人的に色々思うところあるんですが藤原竜也さんがでているので…(え))
・白ゆき姫殺人事件
・サンブンノイチ
・偉大なる、しゅららぼん
・それでも夜は明ける(原題が12yearsslaveなのに何故この日本題になったのか気になります)
・魔女の宅急便
あたりですね…気になってるのはもっとあるんですが、果てしなくなってしまうので。

過去の話題作も人気が峠を越したからこそ気になってきてるのがあったり。
そして次のクールは何かとドラマも見どころありそうな予感。
最近本は話題が溢れているので、何を読んだらいいやら状態になっています…あと本棚が(略)なので図書館にしようみたいな。
いろんな矛盾と時間と欲と共に蒼海は今日も生きています…(笑)

P.S.そういえば、トータルアクセス6000超えありがとうございます!ユニークアクセスが期限の関係で不明ですが、なんにせよ数年かけてゆっくり回っていたカウンターがまさかこんなことになるとは夢にも思いませんでした。ありがたい限りです。これからも精進していきます。
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第9話

あれから結局、戻った私たち含め全員が朝までカラオケにいて、代わる代わるダウンしていく面々をよそに私だけが一人最後まで歌っていた。
フリータイム終了、早朝5時のコールアウトの電話が鳴るまで数時間。半ばやけが入っていたといえ、まだまだ若いなと我ながら思った。


「あー、気持ちいい!」
「なんか空気澄んでるよねー」
「清々しいね、このだーれもいない感じとか」
「今なら車道寝転んでも大丈夫そうじゃん?俺やりたい!ハリウッドハリウッド!」
「うは、世界の終わり的なシーンっしょ?」
「いやさすがに危ないわ」

本当にひとっ子一人いない街角でやいやい騒ぐ若者達。さながら、その光景は学生のオール明けのノリだ。そんな彼らを見て微笑ましく感じるあたりは、やはりもうおばさん…かもしれない。

「ところでお腹空かない?」
岩倉が切り出す。カラオケといい、さりげなく率先してグループを動かすのは岩倉の長所だ。
「でた、食いしん坊岩倉」
「食いしん坊じゃありませんー!せっかくだから朝食みんなでどう?って意味だったの!本田マジ空気読めないわー」
「でも間違ってないでしょ、お前この間も仕事中にお菓子食っ、」
「わーわー聞こえない!」
明るい調子の岩倉に本田くんが茶々を入れる。漫才のように投げ合いが交わされる会話は聞いていて失笑してしまうほど面白い。
何より、本田くんが構うと岩倉の雰囲気が柔らかくなる。彼女は未だ恋する乙女心を捨てきれていないのだろう。
そしてこういうところで保護者役を買って出てしまう私は、最早先輩云々というより性なのかもしれない。これでは本田くんにお姉さんみたいと言われても致し方がない。
「はいはい、こんなとこでわあわあやめなさい。朝食いくの?いかないの?」
「そりゃ勿論行きますけどー」
「あっほらそうやって高原先輩にはでれでれしちゃって。本当に先輩気をつけてください、こいつだけは駄目です!ちゃらすぎます!私の大事な高原先輩なんだからね!」
背が比較的高めなモデル体型の岩倉に抱きすくめられる。仄かにオール明けながら女性独特の柔らかい薫りが鼻腔をくすぐる。岩倉に感じた女子力にふと自意識が過敏になった。
昨晩彼と歩いていたときは高揚感で気にしていなかったのに、急にオール明けの自分がくたびれて見えていないか気になった。今すぐ、どこかの化粧室に駆け込みたくなるくらい。
「違いますー、高原先輩はみんなのだろ」
だってほら、こんなに思わせ振りな彼は朝日の中こんなに爽やかに見えるのに。
彼にはどう見えているのだろうか。会話はもとよりそればかりを気にする私も頭上の岩倉と同じく恋心を捨てきれない一人だ。

数時間前の記憶が蘇る。
あれはなんだったんだろうか。本当に夢だったんだろうか。
だとしたらなんて、中途半端に現実味を帯びた夢。

『穂波さん、…帰るまで少し、手繋いでもいいですか』
あのあと彼は唐突にそう言ってきた。気まずい沈黙の中、あと少しで居酒屋のある小道までという時だった。
先ほどの一件は別として、彼は飲みなどでアルコールが入るとスキンシップが激しくなるタイプだ。要するに寂しがりやの気があるのだと思う。
その時にはもう冷静さがすっかり戻っていて、意識していようともおくびにも出さない体制ができていた。「いいよ、」と平淡な声色で答えた。
恋人同士とも違う、彼が私を連れる形とも違う。小学生の友達とするような距離の重なり方。
それでも、涼しく密やかな空気の中、彼の手が温もっていくのは確かに感じられた。

私の役目は彼の手をこうして温めてあげることだけなのかもしれない。そう、思った。
ただ誰かに大丈夫だよと言ってほしい時に、手を繋いでいてくれる人。そんな立ち位置なら、こうして彼と繋がっていることは可能なのかもしれない。

だけどそんな、聖母みたいなことは幾ばくも続けられないだろう。過ぎるくらいにわかっているから。
私はとるにたらない弱い「人間」なのだ。



ね?と同意を求めてきた彼に、困ったように笑って返した。
他の後輩はもうどこで朝食をとるか談義に興じている。
「ねー、ファミレスとかどうよ?向こうのならぎり今から開いてる」
「いいねドリンクバー安上がりだし!」
会話に意識が向いた私たちも自然と中に混ざっていく。
「ドリンクバー自体はカラオケでもあったじゃん」
「いやファミレスは格別っしょ」
「でもコンビニで済ますよりはいいよなー」
「こんな朝だし、のんびりしよっか。みんなで」


みんなで。
みんなの。
それは確かな区別で、線引きで、裏腹で、含みだったりする。

だめだよ、みんなのだから。
だめだよ、彼女と幸せになるはずの人なんだから。


学校の規則みたいに、先生の教訓みたいなことを言われて、自分でも言い聞かせて、諦めてしまう私たちは。
もしかしたら、まだ大人になりきれないモラトリアムの迷子なのかもしれない。


もう大人だからなんて、ただの虚勢でしかなかった。
―9つ目の嘘


cont. to 10 lies


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携帯から失礼します。
蒼海です。
私的な話ですが、弟が無事大学志望に通りました。苦難の末なので、本当に想像なんて及ばないくらい努力と実力の賜物だと思います。おめでとうの言葉ばかりです。おめでとう。
そしていまはアナログならではの重なった番組2本をどうにもできずやきもきしています。かたや録画していますがもう一方はできない…メディア好きには 大変な歯がゆさ。
…話がとっちらかっていてすいません。

あと携帯からの欠点なんですが、編集をするのに語尾とか全体バランスがみれないので後日編集が可能性高くなるという…

というわけでおかしな箇所があったらばすいません…
実は語尾は常に課題だったりします。あと脈絡ない文章と長くなる癖と…(エンドレス
精進、します。孤独に精進はまあ難しいわけですが、皆さんのところにお邪魔させていただいて勉強しようと思います。よろしくお願いします!
消えた口づけと、嘘つきな最後 第8話



 昼間には人や車でざわついているビル街も、夜も深い今はまるで眠るように静かだ。
居酒屋やカラオケ屋が入っていた小道を抜けて、表通りへ出る。
深夜も三時を回る頃だ、営業している店など当然ない。照らす対象もなく灯る街灯が街を寂れたゴーストタウンの様にすら感じさせた。
最早私たちが抜け出したことにも気づかない泥酔具合の彼らを差し置いて、こうして彼と深夜の夜道を歩いているなんて不思議な心地だった。今までも昼休みだったり、休日でさえ散々二人きりにはなっているはずなのに。
それには、深夜と静寂が創りだす異世界への一種の紅潮感も大いに手伝っていたのだと思う。

しばらくの他愛もない話のあと、本田くんはぽつりと、ただの雑談の続きみたいに訊ねてきた。
「穂波さんは、好きだって思うのはどういう瞬間なんですか」
「ん?」
「だから、相手を好きだって思う瞬間、です」
 またその話?この間訊いてきたばかりじゃない。
そう返そうとしたけれど、本田くんが訊いているのは「好きだという感情の定義」の話ではないのだと、それくらいは彼の眼差しを見ればわかった。
 もしかしたら、彼は気づいているのかもしれない。
 それとも、これは試しなのだろうか。さっき言われた言葉が過る。
僕は先輩といると落ち着きますけど先輩はどうなんですかと、問われているのだろうか。
 ふと重なった眼差しが、こちらの真意を探っているかのように感じた。
生暖かい季節のはずなのに、深夜だからか空気は澄んでいて涼しい。時折気まぐれの様に心地よいそよ風が肌を撫でていく。あたりには音一つなくて、ただ私と本田君の足音ばかりが響いていた。
 まるで、この空間には二人しか存在しないかのように。
 彼の眼差しはひたと私の方に向いている。その瞳は未だ無垢で、けれど白黒つかぬ混濁した色をしていた。
 純真と不純のちょうど狭間に立つ青年。
きっと、この人を傷つけるも安寧に導くも多かれ少なかれ私の答が影響する。
最早それは自意識でもなんでもなく認めなければいけない事実だった。これだけ、関わってしまったのだから。
 なのに私の口はこの期に及んで変わらぬ曖昧な答を紡いでいく。
「この間も言ったけど、私は…一緒にいて落ち着ける、とか。心を開いて委ねられるかなって思ったとき、かな」
 自分の真意とは反対にぺらぺら喋る自分の口を縫ってしまいたかった。
 もう少し何かないの、言うべきことは。
 この瞬間この世界には、私と彼しかいないのに。誰も聞き耳を立てたりしていないのに。
 彼はもう前を向いて歩いていた。その視線は誰もいない歩道の先を見ているようで、何もない虚空を見ているようでもあった。
隣り合っているのに、恋人でもない、でもただの先輩後輩でもない二人の距離。

 お願い。少しだけ、打ち明けさせて。
 心の奥底で、小さく何も纏わない私が呟いた。

「…それでいて、大切だから笑っていてほしくて。傍にいてそれを見ていられたらって思った時、好きなんだなって思う」
 願わくは今こうして歩いている貴方の隣で。
でも、そんな贅沢は言わないから。ただ笑っている貴方と繋がっていたい。
 奥に押し込めたその願いまでは、掘り起こすことが出来なかった。

 私の答を聞いた本田くんは、しばらく何も言わなかった。
沈黙した街並みと左隣の気配だけが私の世界で何度か呼吸を繰り返した。
やがて、彼がぽつりと思い出したように口を開く。

「穂波さんの理屈で言うと、僕も結構好きなんですけどね」

その声色は、少し柔らかいような、けれど苦笑いを含んだようなそれで。
聞いた瞬間にああ、駄目だと内心上り詰めていた高揚感が冷静さに頬を打たれた。
「…ん?何か言った?」
「…いえ、何も」
 独りごちるように呟いた彼のそれを、私は聞こえなかったふりをした。
聞きたくなかったのではない。喜んでいる私が、思い上がってしまう私はいた。
でも聞いてはいけない。
自分の中でさっきまでの私と違う誰かが、そういっている。

 もしかしたら、それが彼のしてくれた精一杯の告白だったのかもしれなかった。
そこで水辺に立つ彼に手を差し出したら、そのまま入水することもなかったのかもしれない。
その言葉に応じることで、繋ぎとめられたのかもしれなかった。

でも、それでも。
私は水面を見つめたまま。
この曖昧で不安定な水辺で中途半端に呼吸を持て余すよりも、
いっそ水中で呼吸を奪われ沈みゆく方が楽なのだろうか、なんて考えている。


眠っている方が、塔の上で待っている方が、泡になって相手の幸せを願う方が。
結局は楽なのだ、なんて変わるのが怖いだけだとわかっているのに。

何かを失いたくないから、だから私は失う準備をしてしまう。





本当は今この世界でこうして近くにいるあなたが好きなのに。この瞬間が愛惜しくて仕方なかったのに。
―8つ目の嘘

Cont. to 9 lies.




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蒼海です。
やっと、やっと嘘つきの続きが出来ました。
本当に鈍行執筆です。いやプロットは蒼海の中で浮かんでいて、欠片は散らばってるんですが。
溶接やら工事するのがどうも苦手なようです。
そして「嘘つき」は展開がとにかく遅い(笑)
いかに主人公がヘタレかという…うーん表現としてヘタレってちょっと違いますかね。
そういえば、ヘタレみたいに最近定義の曖昧で雰囲気で使う言葉って増えてるなと蒼海は常々思っています。
あんまりそういう新語(最早死語のものも中にはありますが)とか自分でも雰囲気で使っているものは、例え科白内でも使わないように極力気を付けているつもりです。
でもキャラクターによっては使う方がいいときもあるのかなぁとか、それもまたジレンマ。
とかくこの二人は遠まわしで面倒くさいやりとりをしていると書いていて作者本人が苦笑いです。(笑)
かわいくない女の子代表みたいな言動の穂波さん。
ちょっと素直になりかけたと思ったんですけどね…。

もう少し「嘘つき」にお付き合いいただけたらなと思います。
消えた口づけと、嘘つきな最後  第7話





『Wake me up,wake me up~♪』

 数時間後には、飲みに行ったその面子で(結局同じ部署のひとつ上の先輩も合流した)、カラオケボックスに箱詰めになっていた。
 とあるアーティストの別れてしまった恋人への未練を唄ったのだろう曲を熱唱する岩倉と、囲むようにして思い思いにくつろぐ後輩たち、そしてノリにのっている先輩。
 その無秩序な空間のなかで、何故か隣の本田君によりかかられているという、さすがに想像だにしなかった構図の中に私はいた。
 それもこれも遡ること数時間前。
 失恋からくるストレスを溜めていたのか、見事に飲まれた岩倉が「帰りたくない」と言い始めたのがことの発端だった。
「いいじゃないれすかあー、あしたやすみれすよぉ」
 呂律も怪しい状態で、駅前のスペースにしゃがみこんで動かなくなった岩倉に、周りも多分に酔っていたのかもう一軒行くかという雰囲気になった。ちなみに私はあまりお酒に強くないので、日頃から飲めないキャラを推しているのもありこういった場でも飲まれることはまずない。
 駅が近い私と岩倉は途中まで同じ方向で帰るので、いざ帰るとなったときにこれ以上ぐでんぐでんの後輩をひとり夜道に出すのは少々気が曳ける。しかしながら彼女と同期の男性陣は帰る方向が違う上に、女性を送ってやろうという気の利くやつはいないようだった。
 老婆心も手伝い、さすがに見かねて口を挟む。
「いや今日はもう岩倉もこんなだし、いくら花金でも居酒屋はやめとこうよ」
 そんな私の助言を聞いていたのかいないのか、岩倉が突然挙手した。
「はいはぁい、わたしカラオケいきたい!」
「おお、いいねぇカラオケ!」
 いの一番に彼女の提案に賛同したのは、意外にも本田君だった。
 どうやら彼も、大分ヤケ酒に飲まれていたようだ。

 そして近場で入れるカラオケに足を運び、てんやわんやして今に至る。
元々酔いが回りすぎている人たちが密室空間にぎゅうぎゅう詰になると、当然余計に酔いは深くなるわけで。ドリンクバーで注いできたノンアルコールにも目をくれない彼等は、完全に酔っ払いたちの二次宴会の最高潮だった。
 しかし、素面の私にとって酔っ払いの勢いでは済まされないのが先述した本田君だ。
 比較的女子としては低い部類に入る私の肩に頭を預ける彼は、はた目にも相当窮屈そうな態勢をしていて、…けれどその表情は終始ふわふわと笑顔。
何が一体そんなに嬉しいのかはわからないが、気があるこちらとしては目に毒だ。
 ただ、幸せそうに室内に溢れる音楽に身を任せて笑んでいる姿は、後輩の彼をさらに幼く思わせた。恋愛特有の愛情とは違った、母性愛のような感情すら湧いてくる。
「ふふ、高原さぁん」
 いつもの先輩呼びではなく、名指しで呼ばれたことに心臓がどきりとベタな音を立てた。
 動揺するな、私。たかだか、苗字を呼ばれたくらいで。しかも相手は酔っているのだ。
「高原さんー?聞いてます?」
 寄りかかったまま、少し間延びした口調で拗ねた声を出してきた彼に平然を装う。
「ごめん、何?」
「だから、俺こういう存在の人が欲しかったなあって話してたんです」
「え?」
「こういう…お姉ちゃんみたいに、包み込んでくれるような」
 ふふ、と脈絡のない笑い声を漏らし、彼はそう言って私の手を取った。
「なんか落ち着くんですよね…高原さんといると」
 寝言みたいなトーンで呟かれたそれは、しかし隣にいる私にしっかりと届いた。
 よく後から考えると、どこのドラマに出てくる科白かと思うほどダメ恋愛にある常套文句だし、そもそもお姉ちゃんとは素直に喜べない微妙な言葉のチョイスだ。
 けれどもそれが程よい蜂蜜味のような口説き文句に聞こえたのは、やはり私もその時空気に酔っていたのだろう。
「…ありがとう、」
 ちょっと夢を見させてほしいとは思っていたが、いざそういう展開が見えてくると、期待よりも恐怖の方が勝った。
ここでこちらへ引っ張る積極性と気概さえあれば、どうにかなるのかもしれない。
私がそうすることで、その先を望むことで、エゴイスティックになることで。
 もうないと思っていた結末が、透けて見えてくるのかもしれない。

――そこまで考えたところで、結局はまた臆病で偽善な自分が顔を出す。

 そんなにまでして手に入れて、「彼女」の想いはどうなる?
 その後で自分を取り巻くだろう視線たちに耐えられる?
 私がここで引けば、彼も彼女も周りも幸せになれるのではないか。

好きだし、愛しい、とも思う。
いい想いもしたいし、幸せにもなりたいし、甘い夢だって見たい。 
だけど。
物語の主人公を奪って、いわば継母な位置の自分が姫の座に無理やりついて。
そのエンディングを皆が祝福してくれるとは、思えない。

つまるところ、誰かに批難されることが怖いのだ。
今まで築いてきた、今保たれているすべてをかけて恋愛しよう、だなんて。
そんな勇気も覚悟も、甲斐性も、私にはない。
この世界の皆によく思われるなんてできるはずないのに、誰か一人にでも後ろ指を指されることに怯えて、最終的には自分のことが一番かわいい。

 せめぎ合う理性と欲の狭間でどっちつかずな私に、神様は嗜虐心でもあおられたのか。
 あまりにもずるすぎる一押しが、その時の臆病さも躊躇も全てを吹っ飛ばした。
「穂波さん」、そう私の下の名を呼んで、彼は。

「穂波さん…二人で、ちょっと外、散歩しませんか」

ねぇ、やっぱり、少しくらい…私にもいい夢を見させて。
この夜だけでいい。この時間だけでいい。
勘違いでも思い上がりでもただの気まぐれでもいい。

自己中心的で、だけど偽善な。
なんて、身勝手なワタシ。





眠り薬で眠って姫の振りをしたのは、か弱いポーズを仕掛けたのは、”ワタシ”だった。
――7つ目の嘘


Cont. to 8 lies

*******



どうもどうも、蒼海聖奈です。

宣言通りの7話目更新。
ここからなんですよねー…選択肢はいくつかある。いやはや。
あ、冒頭にRADさんの「05410―(ん)」を使わせていただきました。念のためクレジットを。
好きなのです…この歌。というか、これをめっちゃ上手く歌う後輩がいまして。
勝手に曲説明とかしちゃってますが、あくまでいち個人の解釈なので…。

最近またいくつか本を読みました。
有川浩さん「別冊図書館戦争」
石田衣良さん「傷つきやすくなった世界で」
そして、絵本「とこやさんにいったニッシェ」。(え
いや…好きなんですよ、この絵本。かれこれ小さい頃(今もちいさいとか…はナシ!)から絵本が好きな子で、たまごと王様シリーズとかどろんここぶたとか、怪獣のいるところとかはらぺこあおむしとか…
とかく、好きな絵本はあげたらキリないです。
小学生時代は自分で絵本つくったり無駄にしていたくらい…

まぁ、どれだけ本読んでもそれが文章力にめきめき活かされるってわけではないんですが。
おうちに三島由紀夫さんの「小説読本」という本があるんですが…彼曰く、言葉の羅列ならだれにでも書ける、けれど「いい文章」で「立派な文体」は書ける人は限られているそうです。
それはある種才能と運の世界でもあり、ちょっとやそっとの練習だけでは到底追いつけるものではない、と。

…うーん、かの三島さんに言われてしまうと、なんとも説得力があって切ないというか。

でも言葉が好きなのには変わらないので、蒼海は地道に書いていこうかなぁと思います。なんにせよ。
そんなこんなで、消えた口づけも地道に更新していきます。
私的近況としては、今月末いよいよ持病における正念場が決まりましたので、またどこかの記事にちょこっとお触れしておこうかと思いますー。

それではぐっばい!
(多分のちのちATARUの感想と紹介を兼ねてまたアップしますー)
消えた口づけと、嘘つきな最後 第6話


そんな矢先のことだった。
「先輩、これから本田くんと森下くんたちと飲み行くんですけど、ご一緒にどうですか?」
 とある金曜日、例のもう一人の女後輩、岩倉から飲みのお誘いを受けた。
「次の日休みですし、結構今ってまだ時期的に大変なときでもないじゃないですか。よかったら是非!」
 ここぞとばかりに後輩感を出して誘ってくる彼女は、うきうきと声が浮ついていた。
 それは金曜日だからなのか、それとも「新人くん」こと本田くんが来るからなのか。
 そして何故に、後輩ばかりの面子の中私にまで声をかけたのか。
「でも皆同期で行くんでしょ。一人先輩が行ってもやりにくくない?」
「そんなことないです。たまたま面子が同期になっただけで、他の先輩も誘ってご一緒出来たら楽しいですし、私たち高原先輩のこと大好きですから来てくださったら嬉しいですよ!」
「嬉しいこと言ってくれるわねえ。いい後輩持って幸せだわー」
岩倉はわりと率直な明るい性格なので、そんな彼女にそんなことを言われると素直に嬉しい。先輩風を吹かせているわけではないが可愛い後輩だな、と微笑ましくなる。
 最近仕事も詰めていたし、休日は寝てばかりで遊んでいなかったし、いいか。
 そう考えた頭の片隅に、全く「本田くん」の名がひっかかっていないかと言えば嘘になる。
 結局、私も岩倉と同じ。
 埋めて埋めて諦めようとした芽は、散々純粋無垢な彼の自然体過ぎる鎌かけのせいで見事に立派な双葉に成長してしまっていた。
 諦められないものは諦められない。
 沢見さんの気持ちも知っている。本田くんが彼女の方に向いているのもわかっている。
 二人に見える結末が、私とでは見えないのももう十分承知している。
 けれど、好きなものは好きだ。
 想うのは、自由。そう言ったのはほかでもない自分である。
 結末が望めないのを承知していても、僅かな、ドラマのような「もしも」に賭けたくなるのは、単に私が浅ましいのだろうか。
 せめて、沢見さんとの見え透いた結末が現実になるまでは。
 彼に翻弄された分、いい夢くらいは見させてほしい。

 ――私は真下に広がっている水面へ、片足を差し出して入水しようと決めた。






”さようなら”と決めたのは、ワタシだった。――6つ目の嘘
CONT. to 7 lies




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おばんです。
蒼海聖奈です。

やっと。やっと!
小説サイトにて正しき方向性の小説を更新です。

まあ、めっちゃ短いですが、書き終わった所までを鑑みたところ区切りがいいかな、と。

起承、ときましてここから「転」なわけですが…
うーん、どうしたものかな。

悩みつつ、取り急ぎ更新します。
また追記がありましたらばそのときに…

近々第7話の更新と各話の編集をします。(6話目にして表現の仕方が定まってきたので)


ではでは。