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空の追憶の果て。 ―Wishes upon the sky―

自他共に認める永遠の146センチの創作・エンタメブログです。おもに小話や短編、その他創作などをのんびりと更新していくことになると思います。なお、小説類は転載・持ち帰り禁止です。

【Rewrite:雨粒の先】


 孝治が彼女を初めて見たのは、雨が降りしきる夜だった。
「うわ、これは確実に濡れるな」
思わずそう零すほど、雨が降っていた。どうやら、明日台風が東京近辺に最接近するらしい。
嵩張るのも面倒だったが、濡れるのもごめんだと鞄にいれておいた折り畳み傘が役に立った。少々小ぶりの傘だが、差さないよりはましだろう。考治は濃紺の傘を取り出しながら、タクシーでも拾う経済的余裕があればいいのに、と考えた。
今の職場や給与に不満を持っているわけではない。ただパソコン関連に凝っている考治は収入のほとんどをそれらに浪費してしまうので、いつになっても財布に余裕がないのだ。革靴の手入れも面倒だ、晩飯はどうしよう、などと思案しながら、屋根の下から足を踏み出せないまま、考治は雨で霞む駅前の風景を眺めていた。
 その時、何気なく視線を向けた先に小柄な女性がこちらに歩いてきていることに気が付いた。
彼女は考治の傘よりも小さく白いパラソルのような傘を差していた。夜更けの薄暗い風景に彼女の姿は一際浮き上がって見えた。何より、考治の目を惹いたのはグラデーションのかかった彼女の桃色のロングスカートだった。雨粒をさらさらと流して揺れるその様が、人魚のようだと思ったのだ。悲しみに沈んだような憂いの眼差しを瞳に携えた彼女は、強くなる雨脚に今にもかき消されてしまいそうな雰囲気を纏っていた。
考治が彼女から目が離せずにいると、風向きが変わり、雨が考治の前方から降りかかってきた。考治は雨を避けようと傘を開き、傾けた。傘は考治の視界を斜めに切り取り、彼女は視界から消えた。
しばらくして、考治の視界の端に桃色が映った。傘を上げて視線を戻すと、丁度駅に入ってくる彼女が何気なく寄越した視線と、考治の視線が重なった。彼女の濡れた漆黒の瞳がきらりと鈍く光って考治を捉えると、彼女はゆっくりと一つ瞬きをした。しかし、すぐに何事もなかったかのように逸らされてしまったので、彼女の顔は見えなくなってしまった。
彼女を速やかに畳むと、瞬く間に駅に消えていった。それはほんの数秒間の出来事だったが、終電間際の駅の煩いほど白い空間に吸い込まれていった、しっとりと濡れた桃色の尾びれの残像が考治の脳内には不思議と残り、その後、考治は何度か彼女の夢を見た。だが、その日以降、駅で彼女を見ることはなかった。
 半年以上経って夢を見なくなった頃、終電で帰った夜に考治は反対側のプラットホームに桃色の人魚を見かけた。
桃色の尾びれは緑色の線をあしらった電車から現れた。ただし、上等なスーツの王子さまを伴って。
 その時になって考治は悟った。
雨粒の先に見た桃色の人魚は、考治の淡々と過ぎ行く平凡な日々を確かに色づけてくれていたのだと。
                   了


【近況】2019.4.30
平成という一時代が終わりますね。
ここには上げておりませんが、もっとうまく表現できるよう、今なお蒼海はこっそり創作しております。
平成の終わりになって失ったものがたくさんありました。
果たして少しでもあの時、あの瞬間の呑み込んだ涙が、空を晴らす日がくればいいなと願ってやみません。
蒼海の空の彼方にいる、いつまでも輝く彼らと笑い合えるその日を願っています。
令和もどうぞよろしくお願いいたします。
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